松島

松島に行って来ました。
ボランティアではありません。

目的は、松島のお気に入りだった
『鮨 隆粋』さんの安否確認 。

お店が残っている事は、Google Mapで確認していたのですが
3月11日以来、気になっていて

それでも、なかなか行く機会がなくて

ボランティアで近くを通っていながらも、他のメンバーも
いるので、立ち寄る事も出来ずにいました。

今日は、久しぶりに夫と休みが一緒になったので
行ってみようと言う事になり、朝10時頃に山形を出発。

ちょっとしたお土産を買い、大和インターから松島に向かいました。

途中、鶴巣PAで休憩。
鳴子温泉の懐かしい「栗もち」を発見して買い込んだりして
ちょっとした観光でした。

目的地に到着したのは、お昼過ぎ。

お店に「暖簾」は出ていませんでした。
それでも、車があったので家にいると思い
思い切ってピンポンさせていただきました。

ご主人が出て来てくれたので
突然お邪魔したお詫びと、ずっと気になっていた事
お店が開いていたら、またお寿司を食べたかった事を話
お土産を手渡そうとすると
奥にいた、奥さんを呼んでくれて
女将さんも顔を見せてくれました。
女将さんは、私の事を覚えていてくれて嬉しくなりました。

お店は、地盤沈下のために基礎の周りの土が全部陥没してなくなり
津波も床上10~20cmまで来たので、冷蔵庫など全部入れ替えが
必要で、しかも配管の確認が出来なくて、水もなかなか通らず
工事の依頼をしても、手配がなかなかつかず、再開に時間が掛かって
しまったそうです。
来月には、再開するメドが立ったそうで
そこを目指して今、頑張っているとの事でした。

また、来ます。と約束してお別れして来ました。

元気な顔を見る事が出来て、
こちらの勝手な思いだけど、行って良かったと思う事が出来ました。

その後、
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再開している、かまぼこ屋さんで
自分で焼いて笹かまを食べて来ました。美味しかった( ̄~; ̄)ムシャムシャ

その後、近くの食堂でラーメンを食べて来ました。
その食堂のおばちゃんは、「余震が来ると怖くてねー。」
「毎日みたいに、まだあるんだよ。」
「津波警報が出る度に非難所に走って行くんだよ。」
「それでも、夜の場合は、ホテルを開放してくれるから、助かってるんだー。」
と、色々話して聞かせてくれました。
私が、ボランティアをしていると言うと
「実際見ると、違うベー。」と「涙出るよねー。」って

私が「TV見ても泣いてばっかりだから、もうあんまり見ないようにしてるんです。」
と言うと
「ほんとにねー。」
「今日TVに出てた人は、ガンバレって言われても、これ以上
 何頑張ったらいいの分かんない。って言ってたねー。」などなど
おばちゃん、話したがってくれて良かった。
人に話す事で、少しでも心の荷物を降ろしてくれていると信じて
たくさん話を聞いて来ました。

松島は、あまり被害が無かったように報道されていますが
そんな事はありません。
まだまだ再開出来ていないお店が沢山あったし
解体作業をしている場所もありました。

帰りは、東松島を夫に見せたかったので、北上
夫は、津波に襲われた町を見て、かなりショックを受けたようでした。
私がボランティアに行く気持ちも改めて理解してくれたようです。

東部道路を通って帰って来たのですが
仙台港を過ぎてからの東部道路の東側は、まだまだ震災直後のまま
田んぼにガレキや車が放置され
違っているのは、一部、草が伸びている事だけ
濃い海水を被った田んぼは、まだこげ茶色の肌をむき出しに
していました。

まだまだ、これからも
復興を目指して、自分に出来る事を頑張って行きたいと思いながら
帰って来ました。
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by yukinosans | 2011-06-27 00:02